交響詩ジャングル大帝2009年改訂版 公式サイト 「インタビュー&寄稿:冨田勲」


「交響詩ジャングル大帝」によせて  作編曲&監修・冨田勲

20071225011618 (0;00;00;00)_22.jpg手塚治虫さんは大編成のシンフォニーが好きでした。今から45年前(1964)「ジャングル大帝」の音楽打ち合わせの際に、チャイコフスキーの交響曲5番の盛り上がったところを、自らピアノを弾きながら「こういった壮大な広がりをもった音楽がほしい」と。あまりうまくないピアノでしたが、それでもこれから制作するテレビアニメ「ジャングル大帝」に対する手塚さんの思いが、ひしひしと伝わってきたのを覚えています。お互いに まだ30代の若さでした。

 今では テレビアニメも音楽に予算をかけて すばらしいサウンドで聴くことができますが、その当時はテレビ漫画といって予算をかけないものが多く、音楽もせいぜい6〜7人のコンボ編成で、しかも、全シリーズのどこへでも使えそうなアバウトの音楽70曲ほどを、作曲家に委嘱し、半日くらいでいっぺんに録音するというような、間に合わせ的な粗録りが普通でした。そのような状況の中で手塚さんは「鉄腕アトム」という画期的なテレビのアニメシリーズを作り評判を得ましたが、「鉄腕アトム」は当時は白黒であったため、次の企画「ジャングル大帝」ではテレビアニメでは最初のカラーでやりたいと。その作曲を依頼されていたぼくは 正直いって「これはちょっと無謀ではないか」と思いました。
というのは、すでに アメリカで作られたディズニーの「白雪姫」や「バンビ」は、映画を1本を作るのに4年間を要し、それにかかる費用も、劇映画をはるかに上回ると聞いていたからで、かりにテレビの番組の場合は1本が30分番組であったにしても、毎週1本のペースで、1ヶ月では4〜5本のペースで仕上げていかなくては毎週の放送に間に合いません。

Comp 1 (0;00;03;20)_1.jpgその巻き添えを食ったのは音楽です。手塚さんの要望もあり、大編成とまでは行かなくても、毎回毎回30人近い編成のオーケストラで 映像にきちんと合わせて作曲して録音をしていかなくては、当時は日本よりも進んでいた欧米のアニメには勝てません。手塚さんは「このままでは日本のアニメはだめで 何とかしたい」と思っていたのでしょう。ディズニーの場合は、プレスコといって音楽を先に録音し、その音楽に合わせて作画をしていく方法がとられていましたが、この方法だと、作画の方は、録音された音楽のスポッティングから作業を始めなくてはならず、作画に2倍以上の時間とコストがかかり、とてもその時代の日本の経済状態では資金もなく、なおかつ1週間に1本のペースには間に合っていかないので、映像を先に作り、音楽はアフレコといって、あとから映像に合わせて 録音するという方法をとらざるを得ませんでした。

この作業は作曲者にとっては たいへんな 作曲以外の過酷な負担が伴い とにかく毎週、延べ10〜15分のシンフォニーを作曲していかなくてはなりませんでした。それは1年6ヶ月間も続きました。具体的にお話ししますと、月曜日の午前中に音楽打合せをし、その時に渡された、音の入っていない 映像のみの16ミリフィルムを(まだビデオがない頃で、テレビ局でのオンエアもフイルムで出していた)すぐさまぼくの作曲部屋のビュアーで1秒間24コマの1コマ1コマの絵を見ながら間尺器(けんじゃくき)で、音楽と合わせなくてはならない映像上の重要なポイントが何秒何コマ目なのかを計り、これから音符を書いていくオーケストラの総譜の上に、そのメモを書き込んでいきます。この作業は作曲的「感」が必要で、作曲者自身がやらなければなりません。動物たちの行進などの一定区間のテンポ設定、情景により アチェランド、リタルランド、フェルマータなども同時に考えます。

20071225011618-(0;00;00;00)_35.jpg作曲をしていてどうしても不自然になる箇所が出てきた場合は、その区間をもう一度設定しなおして作曲もしなおします。この作業は翌日火曜日〜水〜木曜日いっぱいまでにはオーケスラの曲に完成させなくてはならず、その日の夕方には写譜(オーケストラの総譜から一人一人の団員が演奏するためのパート譜に書き写す)に渡し、金曜日には指揮者が指揮棒を振りやすいようにフイルムにパンチあけの作業をします。今ではパソコンで打ち込んだ「ドンカマ(メトロノーム音)」をヘッドフォンで指揮者や演奏者は聞きながら演奏をするので、録音スタジオではあたりまえになりましたが、当時はパソコンもシンセサイザーも音源モジュールなどは かげも形もなかった頃です。

したがってフイルムにパンチという丸い穴を開け、パンチ2個がスタート1個がそれぞれの拍と決めてカウントインをし、次の2個から音楽スタート、青いデルマ(マジックで書いた帯)が出るとアチェランドがあるという警告、赤いデルマはリタルランドの警告という風に、絶対に映像とのテンポずれによるNGは出さないという方法を取りました。オーケストラの拘束時間も、通常の録音時間、ワンプロ2時間は越えることが予算上出来なかったからです。このパンチあけ作業も自分でやらなくてはなりません。もし他人に任せて間違えてあけてしまったら、あけてしまったパンチは元へ戻らず、やり直しができません。録音当日にたいへんな混乱が生じます。これが金曜日いっぱいの作業です。土曜日は最初は録音スタジオでのオーケストラの録音日だったのですが、この作業工程で、もしアクシデントが起きた場合の予備日として土曜日は確保をしておいて、日曜日を録音日としました。もしそれまでの作業が何かの理由で滞った場合、オーケストラや録音スタジオは急に予定変更が出来ないためです。しかし、日曜日は絶対に月曜日に変更することは出来ません。月曜日は次のサイクルが始まるからです。同じ繰り返し作業が次の週も続きます。

ジャングル大帝は手塚治虫さんに「壮大なジャングルをテーマにしたアニメを作りたい」と依頼されて音楽を担当しました。アニメ1話ごと映像に合わせ新たに作曲・録音をしていたので、毎日アニメのフィルムを映写機で見ながら音楽を作っていました。この作品は「子供たちに感動してほしい」という気持ちを込め、まるで本当のジャングルの中にいるかのような立体感を大切にして作曲をしました。ライヴは録音と違った魅力を持っていますので、直接的に聴衆に訴えかけてくれることを期待しています。

冨田勲

冨田勲 プロフィール
1932年( 昭和7年) 東京生まれ。慶応義塾大学在学中、1950年代前半から、放送、レコードアルバム制作、映画音楽、大型コンサートなど、多くの分野で作編曲家として優れた作品を数多く残している。その作品は海外でも高く評価され、1974年には日本人として初めて「Album of the Year」を含むグラミー賞4部門にノミネート、録音技術者としても、QuadraphonicMixを自ら手がけ、「Best Engineered Recording-Classical」に2度ノミネートされている。

OFFICIAL SITE



HOME > インタビュー > 冨田勲