尚美学園大学ホームページ
尚美総合芸術センター
小江戸川越プロジェクト
小江戸川越フォーラム
連続テレビ小説「つばさ」ウィークリー・トーク
連続テレビ小説「つばさ」フレーム切手

尚美総合芸術センターとは?
尚美総合芸術センターは、平成21年4月、本学の特色である美の価値創造に関する教育力・研究力を、産官の力と有機的に統合し、生涯学習支援、生涯学習環境づくりに資する調査研究に取り組み、その成果を尚美学園における教育、生涯学習支援、地域間文化交流、異文化交流に活用することで社会へ還元することを目的に、開設されました。

連続テレビ小説「つばさ」ウィークリー・トーク

テレビエッセー『やじろべえ』

執筆: 平原日出夫先生(元NHKチーフプロデューサー/元実践女子大学教授)

第33回
連続テレビ小説「つばさ」を考える
~なぜ視聴率ワーストだったのか~

目次
(1)表:「つばさ」の概要
(2)シリーズ「つばさ」をふり返る~その主題をめぐって~
   コメディ調とシリアス調/主題は家族
(3)「つばさ」失敗の研究1
(4)「つばさ」失敗の研究2
(5)結び:評価したい試みについて


(1)表:「つばさ」の概要



(2)シリーズ「つばさ」をふり返る~その主題をめぐって~

【コメディ調とシリアス調】
番組が始まった当初、出演者たちはやたらハシャイでいるように見えた。踊ったり跳ねたり、一度にセリフを《斉唱》したり。陽気にふる舞う演技者たちと茶の間の間には、妙な温度差があるように思えた。世の中こう冷えこんでは、視聴者は踊りに浮かれる気にもなれず、様子を見ているフシがあった。当事者たちが浮かれるほどに、中味が面白いわけでもなし、コメディ仕立てだが腹から笑えるセリフがあるのでもない。疑わしげに眺めているうちに、ドラマは早いテンポで流れていく。黒塗りの重厚な蔵造りの店舗も3週目の頭で姿を消し、裏店(うらだな)へ移転する。以後は主人公一家の隣近所や知り合いの家族が次々に登場し、それぞれが抱える家族問題が語られる。
ドラマをコミック調に演じる積極派は、加乃子を筆頭に夫竹雄・泰典・宏夫の町内会の面々。これをラジオ『ぽてと』スタッフ一同が後押しする格好。お祭り気分の盛り上げ役は不動産・興業社の斉藤社長とサンバダンサーたち。この陽気なレギュラー以外の、各回ごとの客演者たちはシリアス調で熱演する。
スタート当初のお祭り気分は放送が進むごとに薄れ、中盤以後は陽気な気分は消えてシリアス化していく。(1)表を見れば、内容的にはコメディ調よりシリアスドラマの方がずっと多い。出演者達の当初のあの高揚(こうよう)ぶりは、不況期にぶつかった制作側の、家庭悲話の暗さを隠す笑いの煙幕ではなかったか。だが、その笑いにはやはりムリがある。その上(うわ)滑り(すべり)した笑いを、つばさとゲスト陣がシリアスな演技でしっかりカバーしてはいたが。

【主題は家族】
連続テレビ小説「つばさ」第1回は、ヒロインが空を飛ぶシーンから始まる。その眼下には川越の家々が広がる。ドラマは地上の黒塗りの蔵造りの店から始まる。ヒロインつばさは二十歳で、一家の《おかん》役。その母不在の家に、母加乃子が10年ぶりに放浪先から戻ってくる。この設定はこれまでのテレビ小説の母親像を引っくり返し、転倒させている。母はやがて娘と役割交代し、主婦業に専念する。最終回では、それまでの奔放で娘のような生活を返上し、もう一度結婚式を挙げて新たに生き直す。つばさも娘として新しい人生へと飛び立つ。エンディングはつばさが川越の空を飛ぶ姿。最初と最後の映像は「つばさ」の主題が《家族》であることを象徴的に示している。ここには今日の日本の家族の多様な姿が描かれている。今日の日本の家族の姿を、(1)表から抜き出し整理してみる。

A)主人公家族(玉木一家の動向)
*「甘玉堂」(和菓子屋)は市の表通りの老舗。女将の祖母千代を筆頭に母加乃子とヒロ インつばさの女三代が続く。父竹雄・弟知秋をいれて5人家族。
*家庭内のさまざまな問題・出来事。
[母加乃子の家出/つばさの主婦代行/女将の座をめぐる祖母・母の確執/知秋の母への反抗/先代梅吉の隠し子問題/千代の初恋相手との再会(葛城)/つばさ・翔太の再会(サッカークラブの仲間)/父竹雄の失踪(暗い過去)/一家の借金(7000万円)/店は裏通りへ移転]

B)放送局『ラジオぽてと』という家族
*つばさ、キャラクターとして多くの家族問題を取材
*真瀬・優花父娘の戸籍問題(亡妻の父河原)
*元コンビの芸人ロナウ二郎・ベッカム一郎の確執
*伸子母子と夫良男の別居問題(夫は南米へ)
*浪岡・葛城の父子関係(茶道家葛城清之助は千代の初恋相手)

C)隣人・知り合いの家族事情
*先代梅吉の遺児紀菜子・夫真司の夫婦の危機(つばさ・知秋の長瀞紀行)
*大谷一家の家族問題(翔太・佐知江と別居する父康一)
*鳶(とび)の宇津木一家の内紛(泰典・佑子・万里)
*スーパー鈴木一家(宏夫・俊輔)
*「小江戸」の麻子(父娘の間の深い河)
*竹雄のヤクザ時代の子分鉄次の出現
*実業家城之内房子の独り身の孤独

(3)「つばさ」失敗の研究1

【物語の時間軸】
「つばさ」の第1週冒頭で、ヒロインつばさが《二十歳のおかん》として登場し、彼女が一家の主婦であることがわかる。川越祭りの日、母加乃子が10年ぶりに帰宅する。母不在の間、娘つばさが10歳から主婦役をはたし一家を支えてきた。ここには母娘の役割の転倒がある。「つばさ」は幕(まく)開(あ)けからテレビ小説の定型を破っている。そこには制作者・作者の意図がハッキリと示されている。これまでの物語の定型の否定であり、物語の時間軸の転覆である。試みとしては意欲的であるが、問題はそれ以降の物語の展開である。「甘玉堂」は7000万円の借金で、第2週の終りに裏店へ移転する。
ある日、つばさは納戸で30年前の証文を発見。それは今は不動産・興業社社長の斉藤の契約書で、娘加乃子を連れ出し家出を図ったことの詫び状である。
ヒロインつばさの周知は大人たちばかりで、ドラマの時間軸は必然的に《過去》へと傾いていく。母・祖母の年来の確執、先代梅吉の隠し子問題、父竹雄のヤクザ時代の子分の出現、祖母千代の初恋の相手葛城との再会、千代の女学校時代からの敵役房子の登場。さらに、つばさの姉弟の脳裏(のうり)には、2人を置き去りにして家を出る母の映像が焼付いている。つばさには周囲の人間たちの暗い過去が連鎖している。恋人翔太の両親の別れ、『ぽてと』社長真瀬の亡妻と遺児優花。友人知己はみなそれぞれに重い過去を背負っている。地域ラジオ・キャラクターのつばさの前には、重い過去を背負う人物ばかりが目につく。これらの人物とその過去はつばさの潜在意識下に沈殿し、そのことが物語のベクトルをごく自然に過去へと向かわせる。だが、そのベクトルは反転して明日へ向かわねばならない。そうしなければ明日がないからだ。視聴者は負のベクトルを《生体感覚》で本能的に嗅ぎとり、番組から遠のいたのではないだろうか。

(4)「つばさ」失敗の研究2

【作劇法(ドラマツルギー)の失敗について】
テレビエッセー『やじろべえ』で、「つばさ」が一般受けしない理由を再三再四にわたり指摘したが、そのことを改めてここに記すことにしたい。
テレビ小説の放送形式には2つの基本コンセプトが考えられる。まず、番組は1週90分であり、それが26週の連続シリーズであること。1週90分の時間枠がまずあり、それを1週6回の放送に分ければ1日15分。つまり、1週90分枠がまずあって、それを6分割すると1日15分である。テレビ小説「つばさ」は週を単位とする作劇法にしたがって構成される。その全体構成は90分の単発ドラマが基本である。
これに対して、1日15分×1週6本=90分という、ごく単純式の番組構成がこれまでの一般的なテレビ小説の定型である。これは1日15分を基本とする。
この2つの考え方は同じではないかと反論が聞こえてきそうだ。だが、それは全く違うのである。90分を基本とするケースをA案とし、後の15分のケースをB案としよう。まずB案について。私の制作経験からすると、テレビ小説という番組が1週90分であるという意識はゼロだった。1本15分を翌日へどうつなぎ、週の後半部の山場までどうつないでいくか、それが勝負だった。平穏な日常の中にも異常な瞬間があり、その非日常の《山場》を違和感なく現出できるか。1本15分の構成・編集が基本にあり、90分はその結果としての枠時間に過ぎない。だから意識すらしなかった。
それに対し、A案は1本90分という単発ドラマ的な思考に基づくもの。この考えでは半年シリーズで26本の単発ドラマを制作することである。90分の長尺ドラマを作るために、通常は主筋となる主題のほか複数の副題を用意する(主体の多層・多重性)。しかし、副題であっても主題に匹敵する場合もある。「つばさ」の作者はシリーズを通じてこの方法を採用する。主題+副題(複数)が通例だが、時には複数の主題がシーソー的に競い合って展開するものもある。これらは1週90分の番組内の現象だが、1本15分の番組中でも同様に複数主題のシーソー現象が現れる。つまり、この現象は日常化しているといえる。「つばさ」はこうした作劇法によって構成されており、それが作者の方法といえる。

【低視聴率に終わった理由】
「つばさ」の視聴率は以下の結果で終わった。
平均13.8% 最終回17.0%(10/1 朝日新聞から)
 これはどうやらテレビ小説歴代ワースト1位らしいが、その低迷の主な理由を上記にもとづき列記してみる。

(A)母娘の役割を逆転させた設定は、ドラマの時間軸を反転させ、登場人物の意識を過去に向かわせることになる。その結果、暗い家族崩壊劇のオンパレードとなり、視聴者の期待を明るい方向へリードすることが出来ずに終わった。これはあきらかに、ヒロインの母娘の役割設定・ドラマの時間軸設定の失敗といえる。

(B)作劇上の失敗も番組不振の大きな素因。複数主題を併走させる構成(主題の多層性)は、1回15分の番組では視聴者の意識を分散させる結果となった。それが視聴率低迷の最大の要因と考えられる。

(C)複数主題の多用化によって、ストーリーの流れを拡散させ、視聴者の意識も分散させる結果となった。

(D)お茶の間のシーンや家族の性格設定など、昭和40年代民放ヒット番組の表面的な模倣をつづけたことで、批評家はじめ識者・見巧者(みごうしゃ)の失笑を買ったことも低迷に拍車をかけた。

(E)ヒロインの周りは中年以上の不幸な人たちが多く、つばさの役割はそれら悩める大人たちの聞き役・調整役に終始し、彼女自身の独自性がほとんど見られなかった。

(F)つばさの同世代は翔太と万里ぐらいで、若者同士の交友範囲はきわめて狭い。埼玉県は農業県。農業青年層とのダイナミックな交流を描いてほしかった。町場の町内会ドラマに終始したことは残念。

(5)結び:評価したい試みについて

このシリーズは視聴率的には上々の結果ではなかったが、注目すべき点について特記しておきたい。

1)「つばさ」に注目すべき存在がいる。『ラジオの男』である。彼はヒロインが孤独に陥ったときの話相手であり、またヒロインの分身でもある。つばさには見えるが、他人にはみえない存在。ヒロインの心の声を映像化し、ナレーションを人間化してみせたことを評価したい。

2)ヒロインと母の役割交換にともない、物語の時間軸を転倒させた手法は、その成否はともかく、試みとして大いに評価したい。

3)先代梅吉の「遺影」に語りかけ、あの世での再会を約束する祖母千代。その千代は初恋の人葛城のもとへ赴きその最後を看取る。彼女の死生観は宇宙的である。

4)祖母の血は孫娘つばさにも流れている。宇宙人つばさが川越の空を飛ぶ姿は象徴的である。人と人をつなぎ、人と人をむすぶ電波。つばさは放送電波の化身として巧みに性格設定されていた。(2009.9.30)

つばさWeekly Talk 目次