
執筆:
平原日出夫先生(元NHKチーフプロデューサー/元実践女子大学教授)
第1回
予感的なものへの視線 ~連続テレビ小説『つばさ』によせて~
●予感的なマスク 美しい目
まずヒロイン、玉木つばさ(多部未華子)の目がきれいです。美しいです。今、私は手元にあるガイドブック(NHK出版『つばさ』8頁)の写真を見ながらこの一文を書いています。やや下からのアオリ(煽り)のショットです。ほかにもヒロイン像が何枚も撮られていますが、私はこのショットがとりわけ好きです。表題に記したように、そこには≪予感的なもの≫へのひたむきな視線が表れでています。ひとつの予感的なものを超えて、すべての予感的なものたちを見つめる眼指(まなざし)しです(メザシに非(あら)ず)。すべての可能性に向かう目です。玉木つばさはひたむきで、意思的で理想的な美しい目をしています。その反面、このヒロインにはそれをひっくり返すような、多様な顔もみられます。お茶目で、ラブリーで、人間的で、あどけなさもある顔です。
私はヒロインのアオリ・ショットの写真を本屋で最初に見たとき、「あっ、これはいける」と思いました(まるで現場気取りですね)。でも、これはリクツではなく、予感であり直感です。主役選びなどはとくにそうです。
●祝祭的な人物たちと新しい視点
ヒロインの母親玉木加乃子(高畑淳子)は家を出て行ってもう十年になりますが、ある日突然、サンバダンサー姿で町に現れるという設定。日常から飛び出た主婦加乃子の非日常の姿が描かれるという寸法。女優高畑淳子は全力疾走型の演技者で、相当に面白そうです。
加乃子の夫玉木竹男(中村梅雀)は妻とは対照的な内向きな性格で、妻をひたすら愛しつづける和菓子職人です。この俳優もまたきわめて芸達者ですから、夫婦のからみは見物でしょう。
ヒロインを盛り立てる演技陣のなかで、私が最も注目したい役はラジオの男(イッセー尾形)です。これは玉木家に古くからあるラジオの化身(けしん)で、つばさが苦しい時に人間の姿で現れる存在で、いわばスーパー・エグジステント(超存在者)です。ヒロイン・つばさの心の鏡のような存在でもあり、他者の目には見えません。女の子のつばさの化身でもあるのですが、中年男姿で現れるというのは興味津津(しんしん)です。この視点が成功すれば、テレビ小説に新しいスタイルを加えることになるでしょう。
●気にかかる人物造型
昭和40年代はNHKやTBSのシリーズのホームドラマ全盛期でした。向田邦子さんの『寺内貫太郎一家』はとりわけ話題を集めたシリーズでした。
石屋の主(あるじ)の貫太郎(小林亜星)は怒ると手のつけられない暴力を発散させます。妻の里子(加藤治子)は控え目な主婦で家事万端を仕切り、職人たちの面倒をみています。この夫婦関係を転倒させると、玉木家の夫婦の図になります。さらに、寺内家の長女は足が不自由な身体障害者で、恋人は子連れの中年男です。一方、玉木家の長女は主婦役をはたし、地域ラジオ局でパーソナリティを勤める現代娘で、どこまでも健康で伸びやかです。両者はたがいに境遇を逆転させた関係であるのはあきらかです。へたをすると、『つばさ』は『貫太郎一家』のパロディになりかねません。これはどうしたものでしょうか。新しい試みがさらに望まれるところです。
今日はこの辺で終わりにします。さようなら。 (2009.3.29)
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